判例紹介(ペットの飼育)
センター通信1998年6月号・判例のひろば41
最高裁判所 平成10年3月26日判決
弁護士 升 田 純(長島・大野法律事務所)
マンションにおけるペットの飼育
1 はじめに
マンションのストックが 300万戸を超え、マンション紛争も、当初見られた、マンションの建設、マンションの売買、区分所有権、敷地利用権の範囲等のマンションのハードの部分をめぐる問題から、マンション内における快適な共同生活の確保、共同の利益に反する行為の規制、管理費の徴収、適切な修理・修繕の実施、管理組合の運営、管理業者の倒産等といったマンションのソフトの部分をめぐる問題に変化しているのが現状である(なお、マンション紛争は、今後は、マンションの老朽化が大規模に進行するため、建替えの問題が現実化し、これを真剣に検討すべき時期も近づいている)。
マンション内において区分所有者、賃借人らが快適な共同生活を送るためには、区分所有者らの全員が自由気ままに、その意向に沿った使用を確保することが必要であるが、意見、趣味、利害を異にする多数の者が居住等する現実のマンションにおいては、そのような自由気ままな使用は、事実上できない。マンションにおいては、区分所有権の対象になる専有部分であっても、全く自由な使用ができるものではなく(民法
206条参照)、共同の利益による制約を受けるし、規約、区分所有者の集会の決議による制約を受けるものである。区分所有権は、所有権であるといっても、このような制約を受けるものであり、この制約は、区分所有権に内在するものである。区分所有者らは、それぞれ譲り合って、個々の区分所有者による使用の調和とマンション全体の秩序の維持を図ることが重要であるが、マンションにおける専有部分の自由な使用に対する意識と期待が強いためであろうか、その使用をめぐって様々な紛争が生じている。
マンション内におけるペットの飼育も、このような快適な共同生活の確保をめぐる問題の一つであるが、個々の区分所有者の趣味、嗜好の問題にとどまらず、マンションの使用の在り方、管理の在り方、マンションにおける共同の利益の意義、規約の効力、マンション紛争の解決の当事者、社会におけるペット飼育の意義をめぐる広範な問題を提起している。
ここで紹介する最高裁の判決は、マンションにおけるペットの飼育が争点になったものであり、従来から広く関心を集めていたものである。
2.事案の概要
そこで、本件の事案の概要を紹介したいが、その紛争に至る経緯、内容は、どのマンションでも生じがちなものである。
Yは、14階建ての住宅用のマンションの2階部分の専有部分を昭和58年7月に購入した者であるが、規約に基づき制定された「共同生活の秩序に関する細則」に、「小鳥及び魚類以外の動物を飼育すること」が禁止されていた。
マンション内では、細則に違反してペットを飼育する区分所有者がいたため、昭和61年
6月、X(管理組合であり、権利能力のない社団である)の総会において、当時犬猫を飼育していた区分所有者によりペットクラブを設立させ、ペットクラブの自主管理の下で、当時飼育中の犬猫一代限りで飼育を認めることを決議し、その後間もなくペットクラブが設立された。
ところが、Yが平成4年8月に犬(シーズー犬)の飼育を始めたため、Xは、平成5年8月、Yに対し犬の飼育を中止するよう申し入れたが、Yが同年10月に犬の飼育を続ける旨を回答し、その後も飼育を続けた。そこで、Xは、平成6年5月、総会においてYに対する訴訟の提起を決議し、規約に基づき犬の飼育の中止を請求するとともに(差止請求と呼ばれている)、弁護士に依頼して訴訟提起に至ったことにつき不法行為に基づき損害賠償を請求したのが本件である。
本件では、
(1)Xが訴訟を提起する資格(当事者適格と呼ばれている)を有するかどうか
(2)犬の飼育が規約違反になるかかどうか
(3)実害がないのに、犬の飼育の差止請求をすることが、権利の濫用になるかどうか
(4)ペットクラブの会員にペットの飼育を認めるのと比較すると、Yに差止請求をすることが平等原則に反するかどうか
(5)不法行為が認められるかどうか
の諸点が争点になったものである。
3.判決の論理
第一審判決(東京地判平成8.7.5 判時1585.43)は、(1)については、規約が区分所有者の管理組合に対する義務を定めたものであり、規約による権利が管理組合に帰属するとして、管理組合が当事者適格を有することを肯定した上、(2)については、「・・・このような建物においては、様々な価値観を有する人々が互いに節度を守ることによって一定の水準の住環境を維持し、共存していかなけれぱならないのであるが、ペットを自ら飼育したいと考え、又は他人がペットを飼育することに理解を示す人々があり得る反面、動物の鳴き声、臭気、体毛等を生理的に嫌悪し、あるいはそれに悩まされる人々もあり得る。また、飼主が十分注意するにしても、動物による病気の伝染の危険等、衛生面の問題を完全に払拭することはできない。したがって、共用部分については、ペットの飼育がその用法に含まれる場合は別として、ペットの飼育のために利用することができないことはいうまでもないが、飼主の専有部分のみにおいてペットを飼育するにしても、一棟の建物の構造上他人の専有部分の利用に影響せざるを得ない場合があるから、ペットの飼育について区分所有法の規定に従い規約でその調整を図ることは当然許容されるものというべきである。
すなわち、マンションは入居者が同一の建物内で共用部分を共同して利用し、専有部分も上下左右又は斜め上若しくは下の隣接する他の専有部分と相互に壁や床等で隔てられているにすぎず、必ずしも防音、防水面で万全の措置が取られているわけではないし、ベランダ、窓、換気口を通じて臭気が侵入しやすい場合も少なくないのであるから、各人の生活形態が相互に重大な影響を及ぼす可能性を否定することはできない。
したがって、区分所有者は、右のような区分所有の性質上、自己の生活に関して内在的な制約を受けざるを得ないものと考えられる。」と判示した上、「・・・マンション内における動物の飼育は、建物の構造上前記のような問題点があることからすれば、糞尿によるマンションの汚損や臭気、病気の伝染や衛生上の問題、鳴き声による騒音、咬傷事故等、建物の維持管理や他の居住者の生活に有形の影響をもたらす危険があることはもちろんのこと、動物の行動、生態自体が他の居住者に対して不快感を生じさせるなどの無形の影響をも及ぼすおそれのある行為であるといわざるをえない。たしかに、飼主が責任を持って必要な措置を十分に執れば、動物の種類、生態等によっては、右のような有形、無形の影響を及ぼす危険、おそれを実際上無視し得るほど小さくすることは可能であるものの、飼主の生活領域内での飼育であるだけに飼主及びその家族の良識と判断にゆだねざるを得ず、遺憾ながら規範意識、責任感、良識に欠ける者がペットを飼育する可能性を否定できない。そうすると、居住者の自主的な管理にゆだねることは限界があり、大方の賛同を得ることは困難である。また、具体的な実害が発生した場合に限って規制することとしたのでは、右のような不快感等の無形の影響を十分対処することはできないし、実害が発生した場合にはそれが繰り返されることを防止することも容易でないことが考えられる。したがって、規約の適用に明確さ、公平さを期すことに鑑みれば、右禁止の方法として、具体的な実害の発生を待たず、類型的に前記のような有形、無形の影響を及ぼす危険、おそれの少ない小動物以外の動物の飼育を一律に禁ずることにも合理性が認められるから、このような動物の飼育について、前記共同の利益に反する行為として、これを禁止することは区分所有法の許容するところであると解するのが相当である。」と判示し、ペットの飼育を禁止する規約を有効とし、本件において、犬の飼育が規約に違反する行為であるとした。
さらに、(3)については、本件マンションではペットの飼育の問題をペットクラブを設立し、歳月をかけて解決することにしているが、これが合理的な経過措置であり、Xが犬の飼育の差止めを請求することが権利の濫用に当たらないとし、(4)については、ペットクラブの会員にのみ一代限りペットの飼育を認めたことには合理的理由があり、平等原則に反しないとし、結局、Xの犬の飼育の差止請求を認容し、(5)については、Yが犬の飼育が規約違反であることを知悉しながら、再三にわたる飼育中止の要請を拒否して飼育を継続し、弁護士に依頼し、訴訟の提起を余儀なくさせたことは、不法行為に当たるとし、弁護士費用のうち40万円が相当因果関係にある損害であることを認め、損害賠償請求を一部認容したのである。
右の第一審判決に対して、Yが控訴したところ、控訴審判決(東京高判平成9.7.31であり、未公表のものである)は、右の第一審判決の理由を維持し、控訴を棄却した。
そこで、Yが上告したのであるが、上告審判決(最一判平成10.3.26であり、未公表のものである)は、「所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。」という簡単な理由で、右の控訴審判決の理由(結局、第一審判決の理由)を維持し、上告を棄却し、判決が確定したのである。
4.本判決の意義
本判決は、従来、議論があったマンションにおけるペットの飼育の可否について、最高裁が示した最初の判断であり、ペットの飼育を禁止する規約を有効とし、規約違反につき管理組合が違反行為をした区分所有者に対してペットの飼育禁止を請求することができるとしたところに、基本的で重要な意義がある。
従来、マンションの管理の実務では、マンションにおけるペットの飼育の可否、ペットの飼育の禁止、制限を規定する規約の有効性、管理組合によるペットの飼育禁止請求の可否が問題になってきたところである。
本判決は、議論が盛んになってきたこのような問題について、ペットの飼育を禁止する規約を有効とし、管理組合が規約違反の行為の禁止請求をすることを認める等し、一応の基準を示したものである。
本判決は、その理由が簡単であり、一見すると、その意義が理解しにくいが、第一審判決、控訴審判決によって明示された理論と結論を肯定したものであり、全体としてその意義を理解する必要がある。
ペットの飼育の可否については、個々のマンション、個々の区分所有者ごとに様々な意見があるが、本判決は、ペットの飼育が共同の利益に反するかどうか(区分所有法6条)、ペットの飼育を禁止、制限する規約が有効であるかどうかにつき一応の法的な基準を示し、同様な紛争の解決の基準、規約の有効性の根拠を明らかにしたものである。
当分の間は、本件のようなペットの飼育をめぐる紛争については、本判決の理論が一般的に適用されることになろう。
しかし、本判決は、マンションにおけるペットの飼育の可否の問題につき終止符を打ったものではなく、本判決の理論は、本件のような事案を前提として妥当するものであり、社会通念の変化もあるため、今後もなおマンションにおけるペットの飼育の可否が問題になると予想される(なお、ペットの飼育をめぐる問題の詳細については、次回に譲りたい)。
なお、従来の裁判例の中にも、本件と同様に、ペットの飼育の可否が問題になったものがあるが、いずれも、ペットの飼育の禁止を肯定している。
まず、区分所有者Yが犬を飼育していたところ、マンションの管理組合で臨時総会が開催され、犬、猫、小鳥等のペット、動物類の飼育を禁止する旨の規約に改正したが、Yが犬の飼育を止めなかったため、管理者Xが犬の飼育の禁止を請求したものであり、横浜地判平成3.12.12判時1420.108は、規約の改正を有効とし、飼育の禁止請求を認め、ペットの飼育の在り方について、「マンションその他の共同住宅においては居住者による動物の飼育によってしばしば住民間に深刻なトラブルが発生すること、多くのマンションではこのようなトラブルを回避するために動物の飼育を規約で禁止しており、動物の飼育を積極的に認め、あるいは一定の条件を設定して動物の飼育を認めているマンションは、社会的な話題となってマスコミ等が取材に訪れるほど希少な存在であること、動物の飼育を認める規約を有するマンションではトラブルを防止するため、飼育方法や飼育を許される動物の定義等について詳細な規定を設けていること、そもそも共同住宅で他の居住者に全く迷惑がかからないよう動物を飼育するには、防音設備を設けたり集中エアコンなどの防臭設備を整えるなど住宅の構造自体を相当程度整備したうえで、動物を飼おうとする者の適性を事前にチェックしたり、飼い方などに関する詳細なルールを設ける必要があることが認められ、以上の事実を総合すると、現在のわが国の社会情勢や国民の意識等に照らせば全面的に動物の飼育を禁止した本件規約は相当の必要性および合理性を有するものというべきである。」と判決しているのが参考になる。
この判決は、控訴されたが、控訴審判決(東京高判平成 6.8.4
判時1509.71、判タ855.301)は、東京地裁の判決を維持し、控訴を棄却ししている。
次の事案は、本件のマンションにおける別の区分所有者がペット飼育し(ペットを一代限り認める旨の決議の後に犬を飼育し始めたものである)、その禁止の当否が問題になった事案であるが、第一審判決(東京地判平成6.3.31
判時1519.101)は、犬の飼育が区分所有者の共同の利益に反するものであるとして、請求を認めたものである(弁護士費用の損害賠償請求も、一部認容した)。
5.残された問題
ペットの飼育を禁止、制限する規約の効力、管理組合が規約違反をした区分所有者に対しペットの飼育の禁止を請求することの可否、その訴訟提起に要した弁護士費用についての損害賠償請求の可否は、本件の各判決によって明らかにされたものであり、今後、これらの判決が重要な先例として機能することになる。
しかし、本件の各判決によってペット紛争が根絶されるわけではない。というのは、今後、ペットの飼育を認めようとする要請が強まることが予想されるのであって、きめ細かなペットに関する規約の規定の仕方が実務上問題にされるし、細則のみでペットに関する規制をしている場合には、その細則の効力が問題にされる可能性がある。
また、本件の各判決を含め、従来の裁判例は、犬のみが問題になったものであり、他のペットの飼育が今後どのように取り扱われるかは、なお未解決であるし、犬の場合であっても、躾の行き届いた小型の犬、盲導犬については、本件の各判決の射程距離の範囲内であるかどうかには疑問が残る(なお、ペットの禁止、制限に関する規約が設定されていない場合についても、本件の各判決が先例として機能するかどうかも、検討の余地がある)。
マンションの管理を適切かつ柔軟に行うためには、規約を活用することが今後ますすま重要になるものと予想されるが、規約にどのような内容を盛り込むかは、区分所有法上の制約があるものの、個々のマンションの実情、区分所有者の意向によって決めることができるから、今後、ペットの飼育の問題についても、個々のマンションの実情に従ってきめ細かく規定を定める必要があり、ペットの飼育をめぐる従来の裁判例は、このことを改めて痛感させるものである。
マンションにおいては、区分所有者の全員が快適な共同生活を送ることができるような規範づくりが不可欠であり、今後は、地震等の災害、老朽化・陳腐化の際に修理・修繕、建替えを円滑に行うためには、日頃からのコミュニティーの形成が重要であり、ペットの飼育の問題にしても、一律に禁止であるとか、あるいは一律に自由であるといった決め方ではなく、区分所有者の全員が納得できるだけの利害の調整と、そのための意見の交換が何よりも重要な時代になっているのである(もっとも、投資用のマンションとか、賃借人が多数居住するマンションにおいては、このようなコミュニティーの形成自体が困難になっているのではあるが)。
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